気になった曲やトピック、「今週の1枚」などをフリーに紹介するウィークリー・レポート。(ほぼ)毎週(ほぼ)日曜日に更新予定。今週は Phoebe Bridgersのライブ、Zac Rosen、Wednesday、Damien Juradoのニュー・アルバムからの先行曲、Shameのニュー・アルバムについて書きました。
Phoebe Bridgers – REUNION TOUR (2023/2/21 Zepp DiverCity)
フィービー・ブリジャーズのライブ、素晴らしかった。”Punisher”を2020年にリリースしてから約3年、本来ならばもっと早くにこのライブが日本でもやれていた世界があったかもしれないけれど、今となってはコロナ禍で待ち続けた3年という月日も決して無駄じゃなかったんだなと思えるくらい心が満たされる素晴らしいライブでした。音源と極端に違うアレンジをしているわけではないのに、キャパ2500人程度のZeppでも狭く感じる程の広がりを感じさせるパフォーマンスは、歌、演奏、VJ含め完成されていたし、それでいて音源にあるような親密な空気が損なわれておらず、もっと会場が大きくなっても同じように感じられるんだろうなと思えたところが本当によかった。セットリストはYoutubeに上がっている今回のツアーのものとほぼ同じものだったけど、やっぱり冒頭の’Motion Sickness’〜’DVD Menu’〜’Garden Song’〜’Kyoto’の流れはグッときてちょっと目頭が熱くなるくらいでした。今回のリユニオン・ワールド・ツアーの最終日ということもあり、monchiconさんのツイートにもあったように本編ラストの ‘I Know the End’ のVJで生まれ育った家を燃やし、アンコールをboygeniusの ‘Emily, I’m Sorry’ で締め括る流れは、まさに一つの区切りでまた新しい道に進んでいくような予感を感じさせるものでした。boygeniusの3人での来日も楽しみに待ちたいなと思います。
Zack Rosen – ‘All in Time’ ‘Bicycle’
NYのシンガーソングライター、ザック・ローゼンの3/24リリース予定のアルバムから公開された先行曲。ザック・ローゼンは精神の病で2019年に自ら命を絶ったシンガーソングライターで、アルバムはプロデュースを依頼されていた友人のConnor Grantがザックの死後に完成させたものだそう。実質の1stアルバムにして遺作ということになり、そうした背景を無視して聴くことはどうしてもできないけれども、今回公開された2曲を聴いてみても彼が才能のあるSSWだったことがよくわかります。アーシーでありながら洒脱なセンスも感させる、例えばハース・マルティネスのような70’sシンガーソングライターに近いエバーグリーンな輝きのある楽曲で本当に素晴らしいです。
Wednesday – Bath County
アシュヴィルのギター・ロック・バンド、ウェンズデイのニュー・アルバムから3曲目の先行曲。轟音ギターと焦燥感のあるエモーションなボーカルが90’sオルタナを彷彿とさせる相変わらずのWednesday節なんだけど、以前にも増して表現力豊かになったギターとボーカルが破壊力が他の似たタイプのバンドとは一線を画していて、先に公開されていた8分超えのストレンジなエモ・チューン’Bull Beliver’とカントリー・テイストの’オルタナ・ギター・ロック ‘Chosen to Deserve’と合わせて凄いアルバムが来そうな予感をヒシヒシと感じさせる。ニュー・アルバム Rat Saw God は4/7リリース予定。
Damien Jurado – Neiman Marcus
ここのところ年に1枚のペースでアルバムをリリースし続けるシアトルのシンガーソングライター、ダミアン・ジュラードの19thアルバムからの先行曲。ノスタルジックなメロディーに控えめなストリングスとキーボードが彩りを添えてドリーミーな質感を演出するローファイ・フォーク。枯れた雰囲気の中に温かさも感じられる曲で今の時期にピッタリ。良いですね。ニュー・アルバム Sometimes You Hurt the Ones You Hate が3/31にリリース予定です。
Shame – Food for Worms
今週の1枚。
UKのロック・バンド、シェイムの3rdアルバム。ずいぶん歪な形に進化したなというのが第一印象。サウスロンドンから出てきたバンドとして同列に括られるブラック・カントリー・ニュー・ロードやブラック・ミディ、あるいはドライ・クリーニングやソーリーといったバンドは方向性がはっきりしていてある意味ではわかりやすいと言えるかもしれない。対してシェイムは一体どこに向かっているのかいまいち掴みきれない。そんな混沌が渦巻いたアルバムであるように思える。
ピッチフォークのレビューによるとボーカルのCharlie Steenは本作の制作に際してボーカルのコーチを雇っていたようで、そうした痕跡は例えばオープニング・トラックの’Finger of Steel’やアコースティックギターに乗って朗々と歌い上げられる’Orchid’などの曲で顕著に認められる。吠えるように言葉を吐いてきたCharlie Steenのボーカルが明らかに歌っている。しかし、だからと言って歌ものに完全にシフトしたかと言えばそうとも言い切れない。ワウギターの性急なパンク・チューンの”Six-Pack’や蛇行しながら進むポストパンク・チューン”The Fall of Paul’のような楽曲では吐き捨てるようなボーカルスタイルは健在だし、ポストパンクと一口に言い切れないほど表現力豊かになったサウンドの破壊力は失われずにいる。その一方で’Adderall’のような曲では自らが破壊してきた瓦礫の山から再び何かを構築し始めるような萌芽が感じられる。
シェイムは一体どこに向かっているのだろう。そんなことを考えていると、クロージング・トラックの’All the People’で何かが氷解した気がする。歌ったり吠えたり、スロウダウンしたりペースアップしながら蛇行を繰り返すアルバムの最後にシェイムはアンセムを持ってきた。おそらくシェイム史上初めてシンガロングができる曲でないだろうか。歌われているのは”All the people that you’re gonna meet / Don’t you throw it all away / Because you can’t love yourself (あなたが出会う全ての人を/捨て去ってしまわないように/あなたはあなた自身を愛せないんだから)”というフレーズ。このフレーズにアルバムの全てを収斂させるのは乱暴かもしれないけれど、それでもこの曲を最後に持ってきたことでシェイムは混沌と葛藤をエネルギーに変えながら成熟に向かったのだと確かに思える。その苦味のある過程がまざまざと刻印されたこのアルバムを傑作と呼ぶにはあまりにも混沌としすぎているけれども、それでもやっぱり感動的な作品あることは間違いない。
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